2018/12/22 12:46

2018年秋より独立し、急速にSNS上で影響力を高める背景にあるのは、日本人としてアメリカで事業を成功させるという強い意思がある。


大学卒業前にアメリカへ留学、NTTデータに入社後のアメリカでの1年半の駐在、2度のアメリカ生活を経験。その後のインド・ビジネスの経験や、転職先での業務経験を経て、30代でアメリカで事業を起こすことを決意。


異国の地での生活、そして帰国してからの東京生活を経て、新たな一歩を決意した30歳、小野寺聡さんは清々しい顔をしていた。





元々、海外に強い関心を持っていた


「中学1年生の頃、当時スイスに住んでいた従兄弟のところに一ヶ月滞在した体験、また、昔、父がアメリカの大学を出ていたこともあり、海外は身近な存在ではありました。」


「家系では、私のみが会社員で、母方の父は東北で有名なプロのギターリスト、父方の父母は銭湯を営み、今は父が引き継いでいます。自営で自由なタイプが多く、私もなんとなく会社員系ではないのでは、と漠然と考えていました。」




自分の人生を生きていなかった



大学卒業後は、株式会社NTTデータに就職。


「当時は、ITでものづくりがしたかったという理由、海外で働く機会がある環境、そして大企業は経済的安定もあり、親戚ら皆が安心するだろうという理由から入社を決めました。」


自分の周りの人たちが喜ぶかどうかという視点は、無意識に進路の決定に比較的大きく影響していたと思われる、と語る。


「今思えば、他人の人生を生きているような感覚も少なからずあったのかも知れないですね。家族や周りの人には安心して欲しかった、というのはありました。」





周りの意思ではなく、自分の意思で何かを始めたい



「社会人生活も3年目となって25歳になり、ふともっと自分の人生を生きよう、と思うようになりました。色々と社外の人に会い、きっかけとして、新しいことをやりたいという気持ちから、インターネットで出会ったメンバー5人でシェアハウスを立ち上げ、代表を務めました。」


「そのコミュニティでは、周りがみんなクリエイターや起業家である中、私一人がサラリーマンという環境であったこともあり、人一倍自分は変わりたいと考えていました。」


社会人生活も4年弱が経過し、世の中に何か仕掛けたいと思い立つ。シェアハウスの立ち上げのみならず、シェアハウスに訪れた人を取材するインタビューサイトを自分で立ち上げた。


「インタビューの企画自体はあまり続かなかったのですが、発信の面白さをここで知り、より情報発信をしたい気持ちが強くなり、ブログをはじめました。」


小野寺氏が現在運営する月間18万PVのブログ「Just Simple」の前身がそのインタビューサイトである。




悩み相談から見える人柄


「27歳で海外駐在し、アメリカで働く機会を得ることができたりと、自分は凄く恵まれた方だと思っています。20代は上司や周りに与えられたことがとても多かったと思います。30代は人に与えられるようになりたいと思います。」


「20代は、自分自身もキャリアに悩むことが多かったです。特に海外で働くにはどうしたら良いか、海外で働くこととは何か、ということを考えていました。そういったこともあって、駐在時には、アメリカで働いて学んだことを、日本にいた上司や同僚に向けて、また、昔の自分が知りたかったと思うことを、自分の視点で纏めてブログに書いて発信していました。



参照:小野寺さんの最も視聴されたブログエントリーは累計30万PVに



帰国後は、アメリカで働いて得たことをリアルな場で伝えるため、American Meetupと名付けたイベントを企画したりしていました。また、ツイッターでも数多くDMで相談をいただくようになり、それらを通じ、100人を超えるキャリア相談に乗るようになり、過去の自分と同じように悩むような人が多いのだなと、実感するようになりました。」


現在は、11月に自身が立ち上げた、総勢340名の若手キャリア支援コミュニティ”#Reinvent”を運営している。


「昔から、人の相談に乗ることは好きであったこともありますし、前述の通り、自分がキャリアに悩んでいたことも多くあったため、人の助けになるのであれば協力したいという気持ちは変わらず持っています。」


惜しみのないGIVEの姿勢が言動に溢れ出ている。



日本人としてアメリカで活躍することに意味がある


”30代はアメリカで日本人の事業家として成功したい。”


小野寺氏からは何よりもアメリカに対する情熱を強く感じる。



「日本人として挑戦し、成功することに意味があると考えています。今アメリカで成功している日本人といえば、坂本一郎のようなアーティスト、イチロー、田中将大といったスポーツ選手が目に付きます。現地相手に、事業を行う人はまだまだ少ない印象です。」


「私は、日本人が得意な領域でやることも大事だと考えています。そういった理由で一度、寿司職人も考えて、体験などやったこともあります。しかし、これは手先も器用でないので、全然自分には向いていなかった(笑)」と、持ち前のまずはなんでもやってみるというアクティブな精神で、前に進んでいる。


アメリカで立ち上げる事業のフィールドはまだ定まっていないものの、やりたい方向性はあるようだ。




「一つアメリカ生活で印象に残っていることとして、LAに住んでいた頃、当時ニューヨークに住んでいた彼女にサプライズで花束を送ったことがありました。」


「アメリカのバレンタインデーは、男性から女性にプレゼントを贈ることが一般的なので、それに倣ってみました。その時は、付き合ったばかりで、彼女の住所を知らなかったため、彼女が住んでいた近くのスタバに電話してお願いして花束を送りました。」


「この時、スタバの店員さんが ”It’s OK, this is the Valentine Day” の一言とともに、送っていたバラの花束と、ラテをサービスして手渡ししてくれ、とても暖かいなぁと思ったことがあります。」


「この体験から感じたことで、人に感動を与えるようなサービスを作りたいな、というのは漠然とあります。」



 人に感動を与えるサービスを作りたいと意気込む小野寺氏

「7年間サラリーマンやっていたので、まずは自分で稼ぐ力をつけて、0⇛1を生み出せる人間になりたいです。」と語る小野寺氏の今後の活躍が楽しみである。




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